2010年10月8日金曜日

YOU MAY DO YA #1

- Ten Nights of Dream #1 -



 こんな夢を見た。

 住まいのすぐ裏の公園──囲町公園という──で、その道では名の知られているらしいパーカッショニストが演奏しているという。それほどの人物が何故うちの裏の公園などで演奏しているのか、理由は定かではない、が、ともあれ折角(せっかく)なので観に行ってみることにした。

 着いた時には既に物見高い見物客が溢れており、太鼓の音が人々の頭上を超え空高く響き渡っていた。

 どれ、どんな人物かと人垣の間から覗いてみると、濃いサングラスをかけた小柄なアフリカ系の男性が心持ち顎(あご)先を突き出して空(くう)を見上げながらバチを操っているではないか。

 躍動的なリズムから感じられる印象では、もっと大柄で野性的な人物かと思いきや、まるで木のように静かな印象を与える人物だったので肩透かしを喰らったような体(てい)。しかしながら、肩から先だけが別の生き物――魔術にかかった大蛇かなにか――のように思え、それが凄みをさえも感じさせるのであった。

 異国の人は、打面には一切目も向けず、顎(あご)を上げたまま、ただ只管(ひたすら)無造作に音を繰り出し続けていた。

 目が見えないのだろう、と思い、隣りにいた男に「盲人かね」と尋ねると、「おやそうかい」と返ってきた。「盲人だとも」とさらに私が返すと、「なしてそう思う?」と言う。私は「そう思うからだ」とだけ答え、その男から離れ、異国の人が繰り出す音に耳を傾けた。

 音は一向に鳴り止まなかった。異国の人は、見物人には一向頓着もせず、休みなくバチを操り続けていた。

「もう二時間になるぜ」隣りにいたアヴェクの男の方が言った。

「うん」女が返した。「すごいね」

 何がだいと私が尋ねると、彼らがやって来た二時間前からずっと、ただの一片(いっぺん)の休みもなく叩き続けていると言う。

「ほう、そうかね」

「そうだとも。彼奴、人間じゃない」男は信じられないといった面持ちで言った。「何がすごいって、彼奴、譜面も何も見てないんだぜ」

「ほう、そうかい」

「譜面も見ずに、二時間通して、一瞬の逡巡(しゅんじゅん)もなく、僅(わず)かな淀みもなくああやって演奏できるものかね。適当に叩いているように見えて、あれで狂いもなく正確に叩いているんだぜ」

 言われてみると尤(もっと)もだと思い、異国の人の方へ再び目を向けた。

「確かに、そうだねえ」と言いかけると、アヴェクの隣りにいた別の男が、

「なに、そんなに大したことじゃないさ」と言い出した。

「何が大したことねえってんだい」アヴェクの男がもの凄い剣幕で捲(まく)し立てた。

「いやね、あれは、太鼓を演奏しているんじゃねえんでさ」

 我々は顔を見合わせた。

「身体の中にね、リズムが流れていて、そいつを腕から放出しているだけなんでさ」そう言って男はにやりと笑った。「まるで泉みたいにね、リズムが後から後から湧き出てくるもんで、そいつをひょいっと放り出しているだけだから、間違えたり躓(つまづ)いたりすることなんかねえんでさ」

 我々はなんと返答して良いのかも分からず、ただ黙っていた。

「そもそも泉には『正しい』韻律なんてものはないから、『間違い』なんてものもねえんでさ」

 成程(なるほど)、太鼓を叩くというのはそんなものなのか。自分の好きな様に叩けば良いのかと思い始めたら、自分でも何か叩けるような気がして居ても立ってもいられなくなり、その男とアヴェクを後にし、そそくさとその場を立ち去った。

 薬師通りの古道具屋に古びた太鼓が置いてあったのを思い出し、早速出向いて三円二十銭のところを三円に値切って買い求め、裏山へ出向き、太鼓を叩き始めた。

 最初のうちは調子が良かった。自分の好きなように、自分の思うままに叩けばいいのだから、好き勝手に叩いてみる、のであるが、どうも、具合が良くなかった。

 あの異国の人物のようなリズムは到底鳴り出しえないのである。

 何度も、何度も、何度も、何度も、試してみるのであるが、ついに私は、せめて自分自身が快いような、小気味良いような、リズムを刻むことはできず、ただ、茫然とするばかりなのであった。

 そうして、どうやら私の身体にはリズムは流れていないのだと悟った。私の身体の泉には湧き上がるリズムの水は宿っていないのだ、いや、そもそも私の身体には泉すらないのではないか、と。



 そして、盲目のアフリカ人男性が此処(ここ)にいる理由もなんとなく分かったのであった。

0 件のコメント:

コメントを投稿